忘れることの難しさ、
そして大切さ

昨日は、以前に一度江ノ島のグループレッスンにご参加くださった方が、もっと学んでみたいと思ったからと代々木のパーソナルレッスンにいらして下さいました。


ダンスのご経験も、特別な運動のご経験も無い方でしたが、顎のワークをしている際の動きを観ていると、体幹から生じた動きの繋がりで引き上げられたアーチが過不足なく働いて、趾を縮めることなくつま先が適度に伸びていく流れが、何も言わなくても自然と生じているのです。

中心から末端へというまるで幼子のような自然で美しい流れが、ほぼ未経験の方の中で生じるのです。


そうした動きが素直に生まれてくる方でしたので、少し腹ばいで進むワークも前進・後進共にやってみていただいて、黙って様子を見てみたのですが、やはり自然とそうした動きの流れが見えるんですね。

そしてただそのように這っている中でも、ヒップラインや脚のラインが整っていく。


例えば顎のワークで反ることに一生懸命になりすぎたり、動かしているところしか感じていないように見える方に、時折「足裏も感じてみましょう」というヒントを出すこともあるのですが、これが「つま先を伸ばすこと」を意識的に学んできた方だと、案外その癖が出たり、間違ってはいないようでもどこか過剰であったり、意識を向けたところがリーダーになってしまうような「作られた動きや形」になってしまうことが少なくはないのです。(だから、うっかりヒントも出せないし、あまり説明めいた言葉や予備知識を入れたくないのです ^^;)


ダンスや特別な運動を学んではこなかったからこその、その自然に生じてくる素直な動きの連鎖に触れて、自然な動きを再学習しようとする時、ダンスを学んできた人が一旦それを忘れること、脇に置いておくことの難しさも、大切さも改めて感じました。