意識が傍観者のようになるまで


今週末はこれまでレッスンを続けていらした方を対象とした自習会もあります。


自習会なので、場と機会のご提供をするだけで指導はしないのですが、意識が傍観者のようになるまで動き続けるという要素も、とても大切なものだと考えています。


意識が不要というわけではありません。意識的に感じてみたり、考えて動くということももちろん多々あります。


けれども、何かに意識が向いた状態というのは、意識を向けていないことを感じにくくさせたり、もしかしたら生じるかもしれない別様の動きの選択肢を逃しているような面もあると思うのです。


私自身の経験でも、これまでそういう機会を持たれた生徒さんの経過からも、そうした「すきま」を開くことによって初めて出現する調和やリズムがあり、それによって次の段階へ進展することができたり、気付けなかったことに気付けたことが多々ありました。


そして、私たちは赤ちゃんの頃そのようにして動きを学習してきたのです。


日頃のダンスのレッスンでは、「意識的に体を使おう」とする学び方になることが多いかと思いますが、「意識しないように意識する」のではなく、意識が自ずと傍観者のようになるまで動いてみるという体験からも、ナチュラリゼーションの面白さ、身体や運動学習の面白さを発見して戴ければと思います。