美しい所作の背景

ナチュラリゼーションのワークのひとつに肘」のワークがありますが、それはドアノブを回しながら引く動作のようなものなのですね。


私はよくそのワークをしながら、ヨーロッパの一流のホテルマンや執事の仕事をしている方の所作の美しさを思い出すことがあるのです。

(上の写真はレバータイプのノブなのでちょっと違いますが)


その所作はもちろん「作法」として叩き込まれたものだと思いますが、作法が作法と感じられないところまでその人の中に浸透しているから、観ている者に窮屈さを感じさせない自然な美しさを与えるのだろうと思います。


ただ、そこで「どうしてその作法が生まれたのか」ということもよく考えるのです。

引き戸文化であった日本にそうした開きドアが一般化してきたのは近年になってからではないかと思いますが、西洋ではそれが長い文化の歴史の中で根付いているのです。


そしてそこには、受け継がれてきた歴史ある建物の建具を壊さない、物を大切に丁寧に使うという側面もあると同時に、またそれを操作する人間の身体にとって、その関節を壊さない機能的な動きであるからこそ作法になってきたのではないでしょうか。


そうした所作を幼い頃から見て育ち、また躾けを受けて育った人々の重ねてきた歴史の中で、バレエもまた生まれ、そして連綿と育まれてきたのです。


バレエのアームスをバレエの技術として学ぶことももちろん必要ですが、それ以前にそうした「身体性」の礎となっている動きを学習し、それが「身に付く」ところまで落とし込んでから、バレエの技術が積み重なっていった時、それはより機能的で美しい動きになっていくものだと思うのです。


そして、そのようなプロフェッショナルの所作を見ていくと、ナチュラリゼーションのワークの中で育まれていることが、そこに重なってもくるのです。